はな眼科
横浜市青葉区/美しが丘/たまプラーザ駅
- 眼科
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杉村 華子院長への独自インタビュー
父や兄と同じ医師になり、眼科を専門に研鑽を積む
父も兄も医師だったこともあり、自分が医者を志すのは自然の流れでした。それでここ、たまプラーザから近い聖マリアンナ医科大学に進みました。このクリニックは私の実家でもあって、小学校1年から家族で、改築する前の建物に住んでいたんです。まさに、地元密着ですね(笑)。 医大に入った時には何を専門にしようかまったく決めていませんでしたが、データに頼って判断を下す治療より、自分の手で検査し、自分でオペをして、自分の手で直接患者さんを治したいという思いが非常に強くありました。
その一方で、一人の女性として、結婚も出産もしたいと考えていましたから、脳外科や心臓外科のように数時間、時には10時間以上にも及ぶ手術を手がける、体力勝負のようなことはできないと思いました。
そこで、私が誠実に一生続けられるのは何かと突き詰めたところ、眼科に行き着いたのです。思っていたよりずっと奥が深く、理屈がわかりやすい分野だったというのも性に合っていたんですね。
眼科では、手術は当然だけど、検査も腕が問われます。つまり、ドクターの腕の良し悪しが出るというところにもやりがいを感じました。でも、大学ではずっと、最も苦手なのが実は眼科だったんですけどね(笑)。
眼科医になってからは国立小児病院などに勤務しましたが、2000年に出産をしたことを機に、マイペースでじっくり診療しようと思って、この「実家」に戻って開業したというわけです。
患者さん1人1人に寄り添いながら診療する
子育てとの両立を念頭に開業したわけですから、100パーセントの全力疾走は難しいけれど、その代わり、患者さん一人一人にじっくり向き合う医療を心がけてやってきました。
『はな眼科』という名前の由来、わかりますか? もちろん私の名前から取ったものですが、それだけではなく、変わらないものの象徴として付けました。私は結婚して姓が変わりましたが、変わらないのが名前です。何があっても変わることなく最後まで面倒見ますよという、覚悟の表れとでも言ったらカッコよすぎますかね。
具体的には、単に症状だけでなく、その患者さんの家族関係や環境といったものにも注意します。例えば何らかの事情で急に勉強するようになり、勉強のしすぎで目にしわ寄せがきたのではないかとか、受験、出産、介護など人生には様々なシーンがありますよね。その中でどのような経緯でこうなったのかということを、時間をかけて解明するようにしています。