成松歯科
横浜市保土ケ谷区/宮田町/天王町駅
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成松 信幸 院長への独自インタビュー
経験と知識が豊富なベテラン歯科医
高校生のときは商船大学に進学して、船乗りになりたかったんです。でも、二浪しても歯が立たなかったんですよね(笑)。そこで姉の薦めもあって歯科大学に。もともと父と兄が歯科医でしたので、振り返ると自分が歯科医の道に進んだのは必然の流れだったのかなと思います。やっぱり父親のことは尊敬していましたから。大学を卒業後、川崎市内のクリニックで咬合学やインプラントを学び、1983年に「成松歯科医院」を開業。もう40年近く、この地で歯科医をしています。娘2人も歯科医になりましたので、1人は歯周の専門医として週に3回、もう1人は矯正の専門医として月に1度、当院でも治療を行っています。自分が父親の背中に憧れたように、娘も同じような思いで歯科医を目指してくれたのかなと思うと嬉しい気持ちもありますね。
駆け出しのころの恩師の教えを胸に
自分の歯科医としての原点は、大学卒業後に務めたクリニックで出会った先生方の教えです。ドクターが14、5人勤務しているような大きな歯科医院でしたが、僕が勤め始めた当時に70代、国際的な学会の会長を務めていらっしゃった先生に出会ったんです。最初は、そんなに偉い先生だとは知らなかったんですよ。でも、海外から相談の電話がかかってきたり、僕が知らないような最先端の知識を持っていたり。暇があれば、その先生の治療を見学に行くようになりました。初めのころは、一言も話してもらえなかったですね。通い続けるうちに、ようやく話してもらえるようになって、あとはなし崩し的にいろいろなことを教えていただきました。亡くなる前にノートをいただいたんですが、几帳面さがすごかったですね。かわいがっていただいたのかなと思います。自分にとっては父親と同じくらい尊敬している先生です。その方を始め、駆け出しのころにスペシャリストと言われるような先生方から、たくさん勉強をさせていただきました。今でも、若い先生から「あの先生の下で!?」と言われるような伝説の先生ばかり。当時の先生方と同じくらいの年齢になってしまいましたが、いまだ追いつけていないなと思います。日々、勉強です。そういった先生方に出会えたからこそ、今ここで40年近くクリニックを続けていられるんだと思います。